コロナ禍がもたらした働き方改革と「オフィス市場」の構造変化

コロナ禍は、都心部の賃貸オフィス市場に多大な影響を与えました。一部ではオフィス不要論も聞かれましたが、コロナ禍が3年を迎えたいま、オフィス賃貸市場は構造的な変革期を迎えつつあります。


この記事は約5分で読み終わります。

 

 

コロナ禍は、都心部の賃貸オフィス市場に多大な影響を与えました。2020年を迎えて間もなく新型コロナが世界的に大流行し、同年4月に初めての緊急事態制限が発出された際には、オフィス街から人の姿がほとんど消えてしまう異常な状況となりました。こうした動きを受け、一部ではオフィス不要論も聞かれましたが、コロナ禍が3年を迎えたいま、オフィス賃貸市場は構造的な変革期を迎えつつあります。

コロナ禍とリーマンショックとの違い

コロナ禍は産業界に大きな影響をもたらし、賃貸オフィス市場もその例外ではありませんでした。コロナ前の2020年の年初まで、東京都心部のオフィス賃貸市場は空室率が1%台、賃料は強含みというひっ迫した状態が続いていましたが、新型コロナの流行とともに緊急事態宣言や在宅勤務の要請といった経験のない措置が打ち出されたことで状況は一変しました。

都心部のオフィスの賃貸契約を解除する企業、地方へ本社を移転する企業も見受けられ、オフィス仲介大手・三鬼商事によると、空室率は新型コロナの感染拡大につれて急上昇、今年7月時点で供給過剰の目安とされる5%を18か月連続で上回り、賃料も下落しています。コロナ禍を機に、都心部の賃貸オフィス市場は急速に調整色を強めました。

しかし、今回のコロナ禍を受けた動きを、2008年に発生したリーマンショックと比較するとどうでしょうか。空室率についてはほぼ同じ動きとなっていますが、賃料に関しては大きく異なります。危機が発生して20カ月を経過した時点でリーマンショック時は募集賃料が20.4%も下落したのに対し、今回のコロナ禍における下落率は7.7%にとどまっています。

リーマンショックは、金融危機によって経済の血液ともいうべきお金の動きがストップしたことで、ほぼすべての産業セクターの景況悪化をもたらしました。それに対して今回のコロナ禍は、外食や運輸、ホテル、商業施設、イベントなどが人流の抑制で大幅に売上が落ち込みました。

しかし、その一方で物流や倉庫、eコマースなどは堅調で、ITや白物家電を中心とした製造業なども影響は受けていません。さらに、自動車業界も海外では売上を伸ばしました。今回のコロナ禍はダメージを受けた産業セクターが限定的だったことが、賃料下落が小幅にとどまった一因だと言えそうです。

急速に進んだ「在宅勤務」という働き方改革

東京都の調査では、都内企業のテレワーク実施率は2020年3月の24.0%が翌4月の62.7%に跳ね上がり、その後50~60%台で推移しています。厚生労働省の定義によると、テレワークとは「情報通信技術(ICT=Information and Communication Technology)を活用した時間と場所を有効に活用できる柔軟な働き方)のこと。Tel(離れて)とWork(仕事)を組み合わせた造語で、オフィスから離れた場所で、ICTを使って仕事をすることを意味します。

テレワークを働く場所で分けると、自宅で働く在宅勤務、移動中や出先で働くモバイル勤務、勤務先以外の施設で働くサテライトオフィス勤務があり、特にコロナ禍では非接触型の在宅勤務が2020年春以降急速に増えました。

テレワークという手法は、従来からBCP(事業継続計画)の観点から有効だと考えられていましたが、新型コロナを受けテレワークが急速に普及したことから、一部ではオフィス不要論が喧伝されました。景気の悪化も加わり、ビル賃貸業においてはテナントの賃借ニーズが減少するとの懸念が強まり、一部オフィスを解約する、借り増し計画を一旦保留にするなどのメディア報道も見受けられました。

 

エリアごと、物件ごとの優劣が鮮明化する

しかし、第7波まで流行を繰り返し、パンデミックも3年目となった中で、コロナ世代という言葉がネガティブな意味で使われるように、テレワークに伴うデメリットも指摘されるようになりました。一つは社員の間にコミュニケーション不足が生じてきたこと、二つ目は社員教育が困難であること、三つ目は企業文化の醸成と浸透が困難であること、です。

こうした変化も背景として、オフィス賃貸市場は悲観論が支配的でしたが、徐々に市況の改善を予測する見方も生じつつあります。都心5区(千代田区・中央区・港区・新宿区・渋谷区)のコロナ禍期の動向を見ると、大企業が多い千代田区では空室率は小幅の上昇にとどまりますが、渋谷区は特徴的な動きを見せています。渋谷駅周辺を中心にIT系のスタートアップが集まっている渋谷区では、本業の拡大による増床需要があり、高い賃料を負担しても優秀な人材を確保に対する意欲が高い傾向があります。

こうしたことから、コロナ禍の初動期には先行して空室率が上昇したものの、オフィス不要論が薄らぐにつれ募集賃料が下げ止まりに転じています。

2020年時点の先行き不透明感は後退し、コロナ2年目の2021年には緊急事態宣言下にあっても普段通りのオフィスへの出勤する光景が見られるなど、新型コロナに対する心理的な警戒感の後退につれて、オフィス賃貸市場の将来的な回復への期待も強まりつつあります。

従来のオフィス勤務、在宅勤務と、これらの中間に位置するフレキシブルオフィスの3つの形態を取り入れた「ハイブリッドワーク」と呼ばれる働き方にシフトしたことで、従来の
オフィスに対する需要も回復する、との見方が優勢になりつつあります。

都心5区の空室率は依然高止まり傾向にありますが、国内企業の本社が集中する大手町・丸の内地区は需要が底堅く推移しており、渋谷地区ではコロナ禍初期には在宅勤務を取り入れたIT系企業が「ハイブリッドワーク」にシフトしたことで、オフィス需要が回復に転じています。さらに、外資系企業が多い赤坂・六本木地区はオフィスビルの賃料値下げを受け、空室率が改善傾向にあります。

コロナ禍に伴う混乱期、調整期を経て、都心賃貸オフィス市場において、アクセス・立地が優れた物件、衛生面やテクノロジーなどで高品質なビルの需要が高まる傾向が予測され、エリアごと、ビルごとの優劣が鮮明になってくる可能性が高いと考えられます。