長男が実家を相続…「暗黙の了解」に姉弟3人が土壇場で猛反撃のワケ

年間約137万人超の方が亡くなり、このうち相続税の課税対象になるのは8.8%(2020年)となっています。当事者にならないためには、実際のトラブル事例から対策を学ぶことが必要です。


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年間約137万人超の方が亡くなり、このうち相続税の課税対象になるのは8.8%(2020年)となっています。実際に課税があった被相続人(死亡者)の数は100人のうち約9人ということになります。しかし、課税対象であろうが、なかろうが、1年で137万通りの相続が発生し、多くのトラブルが生じています。当事者にならないためには、実際のトラブル事例から対策を学ぶことが必要です。

遺産分割協議の場で、長男への不満が噴出

 

【登場人物】
Aさん…母親と同居している4人きょうだいの長男
Bさん…4人きょうだいの次男
Cさん…4人きょうだいの長女
Dさん…4人きょうだいの次女

 

今回ご紹介するのは首都圏の郊外に住む、母、長男、次男、長女、次女の5人家族です。どこにでもいる普通の家族といった印象で、4人の兄弟は普通に大学に進学し、就職し、結婚をしてそれぞれ独立しました。

年老いた母親と同居しているのは長男夫婦でした。その母親も父親と同じように冬のある日、長男のAさんが朝起きてこない母が部屋の中で倒れているのを発見し、病院に運ばれましたが、そのまま帰らぬ人になりました。

「天国のお父さんが、寂しいってお母さんを呼んじゃったのかな」

突然の母の死に、悲しみにくれる子どもたちでした。そして葬儀と納骨が終わったある日、母親の相続のことで話し合いがもたれました。

長男「母さんの遺産だけど、実家が1/4ほど、あと預貯金が6,000万円ほどある」

長女「父さんの遺産を相続したときより、貯金がずいぶんと増えていない?」

父親が亡くなったとき、母親が相続した預貯金は4,000万円ほど。確かに年金暮らしだった母親が亡くなるまでの間に2,000万円もの収入があったことは思えません。

長男「母さんのお父さん、つまり俺たちからみておじいさん。そのときの相続で、母さんは2,000万円ほど相続していたらしいんだ。まったく手をつけていなかったみたいだけど……」

次女「少しくらい、贅沢をすればよかったのに」

倹約家で、質素な暮らしを好んでいた母親でした。「何かあったときに困るといけないから」と母親が我慢をし、子どもたちには決して迷惑をかけたくない。子どもたちの脳裏には、そんな母親の姿ばかりが思い出されます。

実家の建て替え費用は長男が出すことに

すでに亡くなっている父親は、実家は長男が継ぐもの、という古い考えだったこともあり、長男のAさんは結婚後、しばらくして両親と同居。いずれ両親に何かあった時は、実家は長男が継ぐという暗黙の了解が家族のなかにあったのです。実際、結婚した長男のAさんが両親と同居すること、次男、長女、次女も不満をもらすことはなかったといいます。

長男のAさんが同居し、数年後、子どもが生まれ、実家は一層にぎやかになりました。父親と母親は初孫に夢中でした。そんなある日、父から「自宅を建て替える」という話がでました。

「この家を建ててから30年以上が経って古くなった。孫も生まれて、ちょっと手狭じゃないか。だからいっそのこと、建替えてしまおうかと考えているんだ」

そう話す父親に対して、長男のAさんは「建て替え費用は払う」という提案をしました。

「いずれ俺が家を継ぐから家の建替え費用は、俺が出すよ」

この建替えを機に、実家は長男のAさんが3/4、父親が1/4という共同名義に変更したといいます。新しくなった実家で、両親とAさん家族の幸せな日々が始まりました。しかし数年経った冬の日のこと、父親が亡くなったのです。風呂場で倒れているのを母親が発見し、急いで救急車を呼びましたが、帰らぬ人に。

家族は悲しみを通り越し、ただ呆然とするばかりでした。葬儀が終わり、少し落ち着いたころ、家族は集まり、父の相続のことを話し合いました。

「母さんと兄さんと分ければいいんじゃないかな」

次男からの提案でした。

「父さんの財産は、母さんがいてこそのものだろう。だから俺は父さんの遺産はいらないよ」

この言葉に長女、次女も納得。結局、実家の名義(1/4)と預貯金4,000万円ほどを母親が、1,000万円ほどを長男のAさんが相続することになりました。

長男「母さんのことは任せて。何かあっても、俺が面倒をみるから」

次女「お兄さん夫婦がいればお母さんも安心ね」

次男「よろしく頼むよ」

そんなやり取りがあった5年後のある冬の日のこと。母親が亡くなりました。

 

そもそも長男が家を継ぐのは暗黙の了解だった

感傷に浸っていても相続税の申告期限が刻一刻と迫ってきます。被相続人が死亡したことを知った日の翌日から10カ月以内に行うことになっています。

「母さんの遺産だけど、実家の残りは俺が継ぐだろう。あと貯金は4等分でいいかな」と遺産分割の話を進めようとする長男。

そこに待ったをかけたのは長女でした。

長女「ちょっと待って。それはもらいすぎじゃない?」

長男「えっ!?」

長女「あの家って、どれくらいの価値があるの?」

長男「たしか6,000万円くらい……」

長女「仮に6,000万円だとしたら、母さんの遺産は……1,500万円でしょ。さらに預貯金も4等分したら、兄さんは3,000万円を相続して、私たちはその半分ほどってことよ。それは不公平よ」

次女「それに兄さんは父さんが亡くなったときに1,000万円、相続しているわ。ほんと、不公平よね」

長男「ちょっ、ちょっと待てよ! あれは母さんの面倒をみるからって約束で…」

長女「お母さん、亡くなる直前まで元気だったじゃない。お母さんの面倒なんてみてた? むしろ、兄さん家族のほうがお母さんのお世話になっていたんじゃない?」

長男「いや、そんなことないし……。それに家を継ぐのは暗黙の了解だったよな。それを遺産のなかに入れられたら……」

次男「そもそもさあ、長男が家を継ぐって考え方自体、古いよな」

長男「えっ!?」

長女「私たちは、自分たちで家を買ったのよ。自分たちのお金で家を手に入れたの」

長男「この家を建て替えたお金は俺が……」

次男「俺らだって、買った家が古くなったら建て替えるさ。兄貴は“買った家”ではないだろう。そこを考えないで公平にといわれても、こっちが困るよ」

遺産分割協議の場で噴出した、次男と長女、次女が抱いていた長男への不満。結局、遺産分割は、次男、長女、次女の意見を尊重して行われたといいます。しかし、遺産分割の場で生じた兄弟の亀裂は、いまなお、尾を引いているのです。

【専門家の解説】相続トラブルは「二次相続」で起きやすい

加陽 麻里布
永田町司法書士事務所 代表司法書士

今回の事例のように、一次相続では、相続財産の分け方に相続人に異論がない場合でも、二次相続によって、相続人たちの心理的ストッパーとなる人物がいなくなる状態(母親が亡くなってしまった)になると、個々人の言い分(欲)がでてくるというのはある意味仕方のないことなのかもしれません。

今回の事例のように相続財産について、長男が家を継ぐものだ、といったように特定の人物に集中して相続させるといった考え方や地域の風潮がある場合、相続人同士で揉めないようにするには、どのようにすればよいのでしょうか?

なかなか難しい問題ですが、1番確実な方法としては、遺言書にしっかり明記しておくことではないでしょうか。遺言書は亡くなられた方の意思が反映されますので、長男に財産を集中して継がせたいと考えているのであればその旨をしっかり書きのこしておく。また、他の相続人が不公平感を感じないようになにかしらの手当てをしておくといったことが良いかもしれません。

あるいは、一次相続の時点で、長男以外のきょうだいにも相続財産を分配しておき、二次相続では長男に多く分配しても不満が出ないようにしておくといったことも一つの手段かもしれません。

加陽 麻里布
永田町司法書士事務所 代表司法書士

司法書士合格後、司法書士事務所で実務経験を積み、2018年に独立。永田町司法書士事務所を設立する。
業界“ファーストクラス”を基本理念に、依頼者のビジネスと日常を有利にするために日々邁進中。
執筆活動にも積極的で、媒体を問わず精力的に活動している。
永田町司法書士事務所(https://asanagi.co.jp/)